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演技が上手くなる方法を原典に探す:コクランの「二重の自分」

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演技が上手くなる方法を本で探すと練習メニューばかり出てきます。19世紀の俳優コクランがフランス語で書いた原典を訳し直し、声優のオーディションと宅録に落とせる形で整理しました。

結論から書きます。演技が上手くなる方法を本で探すなら、練習メニューが並んだ本より先に、19世紀の俳優が自分で書いた原典を1冊あたるほうが近道だと考えています。原典が扱っているのは「何を練習するか」ではなく、「練習している最中に、自分の中で何が起きているべきか」だからです。

引用部の訳: Voice Guild。底本はコクラン『L’Art du comédien』(Paul Ollendorff、1894年刊)のフランス語原文です。

既存の邦訳・英訳は参照せず、原文から直接訳しました。2026年8月時点で公開されている版に基づいています。

私は声優として8年活動し、VP(企業向けビデオパッケージ)案件を70件以上担当しました。その後は採用する側の席にも座っています。両方をやってから読み返すと、この原典の一節の意味が変わりました。

コクランの原文を訳すと、演技は「二人で進める作業」になります

まず原典の骨格にあたる一節を訳します。コクランはパリの劇場で40年近く舞台に立った俳優で、この本は自分の実務を言語化したものでした。

俳優の道具は、俳優自身です。その芸の材料、つまり自分の作品を取り出すためにこね上げる相手は、自分自身の顔であり、身体であり、生活です。

道具と材料が同じ人間である、という指摘から出発しています。ここから、原典は有名な結論へ進みます。

そこから、俳優は二重でなければならないという帰結が出てきます。彼における〈一番目〉は奏者であり、〈二番目〉は楽器です。一番目が作るべき人物を思い描き(中略)、その手本を二番目が実現します。

原語では un(一)と deux(二)という日常語が使われています。専門用語として構えず、「設計する自分」と「音を出す自分」と読むほうが原文の語感に近いと考えました。

中略した部分では、人物の着想は作者に属するものであって俳優のものではない、と断りが入ります。コクランはこの分裂を dédoublement と呼び、俳優の特徴そのものだと書いていました。

もう1か所だけ引きます。この二番目の自分が何をしているかの描写です。

もう一方は上のほうにとどまり、動じることなく、いちばん重い感情のさなかでも、観察し、研究し、これから作るもののために書き留めている。

「書き留めている」と訳した語は、原文では帳面にメモを取る動作を指す日常語でした。演技の最中に、冷静な自分が記録係をしている——これが原典の言う二重化です。

二番目の自分を鍛える場所は、レッスンより宅録でした

ここからは私の考えです。原典は稽古場を前提に書かれていますが、この「記録係の自分」を育てる作業は、宅録のほうが速く進みます。

私は東京に出てから、ナレーション案件を宅録で受けて納品するようになりました。録った音源を自分で編集し、不要な部分を切り、ノイズを整えてから納品する。これを最低限のマナーだと考えて続けていました。

やってみて分かったのは、編集が「聞き返しの強制装置」になることです。自分の読みを1テイクぶん、粗探しをしながら通しで聴くことになります。

これはコクランの言う一番目の自分の作業そのものでした。演じている最中には気づけない癖が、編集画面の上では波形として見えます。

編集ソフトは無料のAudacityで足ります。私はノイズ処理にiZotope RX10も使っていますが、聞き返しの訓練だけが目的なら無料のもので始めて構いません。

この工程を続けたあと、実際の収録現場で他の演者と同じブースに入ったとき、「ここはこう録ってほしい」が自分で分かるようになっていました。現場で「熟知されてますね、何者なんですか」と言われたこともあります。

宅録は仕事を取る手段だと思って始めましたが、実際には現場で通用する耳を鍛える訓練でした。地方にいる人ほど、この訓練は今日から始められます。地方からの動き方は地方在住で声優を目指す方法|上京の判断と5年間の総額に別途まとめました。

審査する側が見ているのは、一番目の自分の精度です

私は外部の公開オーディションを10本前後受けています。落ちる原因として確信を持って言えるのは、奇をてらうことでした。変わったことをすれば通ると思いがちですが、そうはなりません。

採用する側に回ってから理由が分かりました。審査側が見ているのは、一般常識のある受け答えができるか、そして「この人と一緒に仕事をしたいか」です。

もう少し踏み込むと、プロは「最低限のレベルで品質担保ができる人か」という目線で人を見ています。基礎が整っていない状態は、その手前で止まってしまう。

ここでコクランの図式が効いてきます。奇をてらう演技は、二番目の自分が暴走して一番目の自分が止められていない状態です。審査側から見ると、それは「毎回同じ品質で出せない人」に見えます。

言い換えると、審査は二番目の自分の派手さではなく、一番目の自分の精度を測っています。基礎を無意識でできるところまで習慣化できると、この精度が上がりました。

私の体感では、土台を整えるだけで100人に1人くらいの位置には入れます。これは主観的な見積もりで、統計ではありません。

オーディションそのものの探し方と準備は声優オーディションを地方在住のまま受ける探し方と準備に書いています。

原典の言葉を、日本の現場の言い方に対応させました

原典の用語と、日本の養成所やスタジオで実際に飛んでくる指示は、言葉が違うだけで同じ作業を指している場合があります。私が対応を取れたものを並べました。右2列は原典には書かれていない、私が宅録で使っている手順です。

原典の用語(原語)日本の現場で言われる形宅録での置き換え方1本あたりの目安
一番目の自分(le un)「もう一回、今の狙いは?」録る前に狙いを1行だけ書く3分
二番目の自分(le deux)「もっと自由にやって」狙いを見ずに1テイク通す5分
二重化(dédoublement)「自分の声、聴けてる?」編集画面で自分のテイクを通し聴き15分

3工程で23分ほどかかります。私はこの順番に落ち着くまで遠回りをしました。狙いを書かずに録っていた時期は、聞き返しても直す軸が決まらなかったからです。

有料のレッスンや書籍の購入を検討する前に、この23分を2週間続けてみるほうが順番として先だと考えています。費用のかかる判断に進むときは、未成年の方は保護者に相談してください。

この読み方が向いていない人と、翻訳で落ちるもの

先に弱点を書きます。コクランの原典は舞台俳優の稽古を前提にしており、マイク前の芝居についての記述はありません。

マイクとの距離、息の処理、リップノイズのように宅録で最初につまずく要素は、この原典からは補えません。別の資料が要ります。

この読み方が向いていないのは、今週のオーディションに間に合わせたい人です。自己観察の訓練は、効きはじめるまでに時間がかかります。

締め切りが近い時期に取り入れると、練習量そのものを削る結果になりました。私も提出直前に始めて、かえって仕上がりを落とした経験があります。

もう1つ、原典の立場そのものにも偏りがあります。コクランは同時代に「俳優は感じるべきか」という論争の当事者で、感じない側に立っていました。

つまりこの本は中立な教科書ではなく、一方の陣営の主張です。反対側の言い分も読まないと、片肺になります。

翻訳で落ちるものもあります。原語の un / deux は、日本語にすると「第一の自我」のような重い訳語になりがちです。

原文はもっと素っ気ない数詞で、この軽さ自体が「特別な才能の話ではない」という含みを持っていました。日本語に移した時点で、その軽さは失われます。

刊行から130年以上が経っている点も差し引いてください。当時は1本の芝居に数か月かける前提で、収録が数時間で終わる現在の仕事とは時間の単位が違います。私が試した範囲では、原典の手順を短く圧縮したところで実務と噛み合いました。

よくある質問

Q. フランス語が読めなくても、この原典は読めますか。

A. 全文を読む必要はありません。この記事で扱った箇所は原典の序盤にあります。機械翻訳で流れをつかんでから、判断に関わる段落だけ辞書で確認する順番をおすすめします。

Q. 舞台俳優が書いた本を、声優の練習に使っていいのでしょうか。

A. 台本の読み方と自己観察の部分は共通しています。身体の使い方は舞台向けなので、そこは切り離して読んでください。

Q. 「二重の自分」を作ると、演技が冷たくなりませんか。

A. 私も同じ心配をしていました。実際に変わったのは熱量ではなく、「今のは狙いどおりか」を自分で判定できるかどうかでした。

次にやること3つに絞りました

  1. 手持ちの台本を1本選び、録る前に「この読みで何をしたいか」を1行だけ書く
  2. その1行を見ないまま1テイク録り、翌日に編集ソフトで通し聴きする
  3. 書いた1行と、実際に出ていた音のズレを1つだけメモに残す

この3つを2週間続けた時点で、コクランの言う一番目の自分が動きはじめます。機材から入りたい場合は宅録用USBマイクを3年使って分かった最初の1本の選び方を先に読んでください。筆者の経歴と掲載方針は運営者情報に記載しています。

参考文献

当サイトは原典を翻訳して配布するメディアではありません。原典を読むための道案内を、日本の声優現場の言葉で書く場所として運営しています。

引用した3か所はいずれもフランス語原文からのVoice Guildによる自訳で、訳文の責任は当サイトにあります。既存の邦訳・英訳の訳語は使用していません。

  • Coquelin, Benoît-Constant『L’Art du comédien』Paris: Paul Ollendorff, 1894年刊。原文はInternet Archiveの公開版で全文を確認できます(著者1841-1909年、原文は保護期間満了)

  • 同時代の反対側の議論として、ディドロ『Paradoxe sur le comédien』(1830年刊)のフランス語原文がフランス語版Wikisourceの公開テキストで読めます

  • 日本語で読める正規の訳書は国立国会図書館サーチの検索結果から辿ってください

  • 当サイトが記事内に置くリンクはアフィリエイトではなく、報酬額で順位を決めていません

よくある質問

フランス語が読めなくても、この原典は読めますか?
全文を読む必要はありません。この記事で扱った「俳優は二重である」の箇所は原典の序盤にあります。機械翻訳で全体の流れをつかんでから、判断に関わる段落だけを辞書で確認する順番をおすすめします。原文はInternet Archiveで無料公開されています。
舞台俳優が書いた本を、声優の練習に使っていいのでしょうか?
台本の読み方と自己観察の部分は共通しています。身体の使い方や客席への届け方は舞台向けなので、そこは切り離して読んでください。声優の仕事は業界としては俳優と地続きで、舞台やナレーションの仕事も実際にあります。
「二重の自分」を作ると、演技が冷たくなりませんか?
私も同じ心配をしていました。実際には、二番目の自分が冷たくなるのではなく、一番目の自分が「今のは狙いどおりか」を判定できるようになります。判定できると、次のテイクで熱量を上げる判断も下げる判断も選べるようになりました。
この練習に、お金はかかりますか?
原典を読むこと自体は無料です。録音と聞き返しにも、手持ちのスマートフォンがあれば始められます。編集ソフトも無料のもので足ります。有料の講座や機材を検討する段階になったら、未成年の方は保護者に相談してください。

この記事を書いた人

Voice Guild

声優/元Vライバー事務所PM

  • 8年 声優歴
  • 70件以上 VP案件
  • 160名 マネジメント規模
  • 延べ約350名 採用面談

声優として8年活動し、VP案件を70件以上担当。Vライバー事務所ではPMとして160名規模のマネジメントと、延べ約350名の採用面談を行いました。

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